虚言癖を治したい人へ。私は人生振り返ったら改善した。

人生コラム
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私、虚言癖あります。まだ虚言癖ありました。とは言えないです。虚言癖あります。これ、ブログで言うのすごく恥ずかしいです。今はかなり改善しています。

記憶では、小学校高学年くらいから虚言癖と呼べるレベルで嘘をつくようになりました。喋れば嘘ついているようなレベルです。立派な虚言癖だと思います。虚言癖の人って、自分が何を言ったか忘れてしまう人が多いと思うのですが、私の場合はついた嘘は忘れず、後でジワジワ後悔するような感じでした。ほぼ全て覚えていると思います。

最近やっと、自分の中で改善したなと思えるようになったので、虚言癖を治す方法と言えるかは分かりませんが、少なくとも改善する方法をお伝えしたいと思います。

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自分の人生を振り返る

虚言癖を改善するために一番必要なことは「家族との関係や友人との関係を記憶にある範囲で整理し直す」ということです。その中に必ず虚言癖のきっかけとなる出来事がいくつかあり、そのきっかけを理解することができなければ一生改善しません。

大人の場合は、幼少期から自分の学生時代を振り返る必要があります。大人になってからのことはそこまで振り返っても意味がないです。

ここからは、実際私が自分の人生を細かく振り返った時に書いたメモをそのまま書きますので、程よく読み飛ばしながら読んでもらえるといいと思います。(ただし改善するにはこのくらい細かく整理しなければいけないです。)

幼少期時代

私は長女で、妹は10歳近く歳が離れています。そのため、幼少期はひとりっ子同然。家族から愛情たっぷりで育てられ、何不自由なく生活していました。いつも誰かの注目を浴びていて、とにかく自由奔放だったと親から聞きました。幼馴染は男の子ばかりだったので、その子たちと遊びまわっていました。この頃は特に悩みなどなく、普通に人生を生きていました。

小学生時代

小学生の時に妹が生まれました。嬉しい反面、妹に全て持って行かれた!と思った記憶があります。一番鮮明な記憶として残っているのが、お父さんのPCのデスクトップ画面が、それまで私の写真だったのに妹単体の写真に変わっていて、お父さんをとられたと思ったことです。(結構ショックだった)

↑このことは今だから冷静に悔しさや寂しさを感じていたなぁと思いますが、当時そんな感情を上手く感じることができませんでした。

きっと親の注目を集めるためだったのだと思いますが、ちょうどこの頃、万引きをしたり、髪を染めてみたり、怒られるようなことばかりしていました。

正直、私はそこそこ勉強はできたので、親が勉強のことで私に何かいうことはなかったのですが褒められることもなく、とにかく「頭が良くても性格が悪かったらダメだ」と言われ続けました。

高学年になると、学力や運動能力が高い人ほど周りに尊敬されるような風潮が出てきます。私は学力は高かったのですが、当時運動は得意だったものの、短距離走(50m走)だけ思うような結果が出なくて、自分よりも早い人を妬んでいた記憶があります。新体力テストの時に、データを改ざんして提出してしまったことがありました。

そしてそれがきっかけか、それよりも前からかは忘れてしまいましたが、小学校の友達に一気に嫌われ始めます。幸い大規模校だったので、ひとりぼっちになるということはなかったのですが、委員会・係・クラブなど決めるときにはぶかれたり、私と一緒になるのを露骨に嫌がられたり、上履きに画鋲が入っていたり、いろいろありました。

そんな時期に一緒に「居てくれた」友達(?)がいて、その子を喜ばせたり笑わせたりすることに命をかけていたこともあります。そのために嘘をつくこともありました。

今でこそ、一緒に「居てくれた」ではなかったかもしれないなぁなんて思いますが、大人になってから振り返ってみたその時まで、一緒に「居てくれた」と思っていましたね。

お祭りでの万引き

自分の家がある地区で開催されるお祭りで、くじ引きがあり、私はくじを引いたら最下位賞でした。しかし、おもむろに景品の棚から1つ上の賞の景品を持って帰って、親にその賞が当たったんだと言いました。とにかく「すごいね」の言葉が欲しかったのです。

当然、屋台の人が追いかけてきてバレてしまったわけですが、それでも私は、1つ上の賞が当たったんだと嘘をつき続けました。怒られるだけなのに。

髪を染めてみた

染めたと言っても、当時の友達が学校に持ってきたヘアマニキュアで髪に色をつけて学校に行きました。先生に怒られて、学校の水道で頭を洗って、親に電話が行って怒られました。

そこでも私は「友達にやられたんだ」と嘘をついたわけです。これも妹にかかりきりの親の注目を集めるためにやっていたな〜と今では思います。

短距離走の記録を改ざんした

新体力テストの日、学級委員だった私はクラスの女子全員の記録を書く係に任命されました。自分は50m走以外は満点なのに、50m走だけ遅くて、クラスの女子で真ん中くらいだなと気がつきました。

「自分がすごくないのが嫌」という気持ちが膨らんで、他の人の記録を0.何秒ずつかは忘れましたが、改ざんして提出したのです。(後で書き直せるように、自分より早かった人の記録を一律で秒数をプラスした)

すごいと言われたい、という気持ちが大きくなって膨らんで拗らせた結果、最低なことをしたと思っています。当時の担任の先生は私のことを怒るのではなくて、かなり心配していたのを覚えています。

嫌われている私と一緒にいてくれた友達を喜ばせたかった

当時、私と仲良くしてくれていた友達がいました。なんていい子なんだろうと幼心ながらに思っていました。その子を会話の中で笑わせたくて、あるときは喜ばせたくて、そのためにたくさん嘘をついた記憶があります。その場を盛り上げるための嘘をたくさんつくようになったのは、明らかにこれが始まりです。

中学生時代

小学校のメンバーがそのまま中学校に持ち上がるので、当然嫌われ続けている状況です。私はソフトテニス部に入りました。この頃には、学力はマンモス中学でトップ5に入り、運動能力が伸びて短距離走でもクラス上位でリレー選手に選ばれるようになっていました。周りはそんな私をみて面白くなかったと思います。

先生に強い子だよねと言われた

今でも鮮明な記憶として残っているのが、中学2年生の時に女の先生に「周りから嫌われているから、グループ作る時とか辛いです」と打ち明けたら、「え?!あなたはそういうのあまり気にしない強い子だと思ってたよ」と驚かれたことです。違うのになぁと思いつつ、まぁそう思われるくらい、自分が我慢して生きていたかもしれません。そもそも自分に原因があって嫌われ始めたので。

恋愛依存の始まり

不思議なもので、大人数に嫌われている状況下でもなぜか彼氏ができました。1人ではなく、中学校時代で4・5人できました。誰かが自分を好きでいてくれるという状態が非常に心地よくて、私は毎回その関係に縋っていました。その結果、常に彼氏がいて、常に恋愛に依存する形に。趣味:恋愛とも言えました。

これは大人になってからも治りませんでしたが、最近客観的に自分のことを振り返るようになって、今初めて恋愛に依存せずに生きていると思います。

人を楽しませるためにたくさん嘘をついた

この頃私がついていた嘘は、自分を守るための嘘ではなく、誰かに好かれたくて、誰かを楽しませたくて、会話を盛り上げるためにつく嘘が多かったです。

自分に興味を持ってもらうための嘘、話を面白くするための嘘、などくだらない小さい嘘をたくさん積み重ねてしまっていました。

それが誰かにバレるとか、それでさらに嫌われるとか、そういう発想はなぜかなかったです。自分と一緒にいてくれる友達を楽しませたい、というだけでした。

高校生時代

高校は地域でNO1の進学校に進学しました。同じ中学校からも30人弱進学したので、きっと高校でも嫌われるだろうなぁなんて思っていました。

虚言癖も恋愛依存もずーっと継続していましたが、信用できる友達に出会えたのは高校だと思います。

部活でいじめに遭う

あっけなくいじめに遭いました。これは嘘が原因ではなく、私が部活で最も影響力をもつ友達の秘密を別の友達に漏らしてしまったことだったようです。が、この口の軽さも結局「その場の会話を盛り上げるため」が理由だったので、虚言癖と心理的な原因は同じです。

部員全員に無視をされましたが、小中で「嫌われてはぶかれることに慣れてしまっていた」ので、平然と(?)過ごしていたらおさまりました。悪かったことは謝りましたが、許してもらえるとは思っていなかったので、嫌われっぱなしのままだったと思います。

親友ができる

中学時代まで親友という概念がなかった私に、親友と呼べる友達が3人できます。なんで仲良くなったのかは何も覚えていないけれど、今でも付き合いがある友達です。

その3人には良くも悪くも「嘘をつけない」自分がいます。本気で相談をするから、嘘をついても仕方がないんです。信用できる友達ってこういう人達のことなのか〜って思った記憶があります。

出会えてよかったです、とても。

11年の付き合いになる彼氏ができる

恋愛依存が続いていた私でしたが、高校3年生の時に、後に結婚することになる彼氏ができました。割と高校でも嫌われていた私でしたが、それをあまり気にせず(知っていたとは思う)好きだと言ってくれたのがとても嬉しかったですね。これも「言ってくれた」とか「付き合ってくれた」とずっと思っていたけれど、今思うとちょっと不健全な考え方です。結婚して、離婚するまでずっと依存していたと思います。

詳しくはこちらの記事に書きました。

大学生時代

第一志望の国公立大学に落ち、津田塾大学に進学しました。当時自分の周りはみんな国公立大学に合格していて、完全に学歴コンプレックスでした。

大学で授業を受けていても、本当はここにいるはずではなかったのにとずっと思っていました。仮面浪人をしようか、編入をしようか、など常に考えていました。

そんな感じだったので、大学でできた友達とも深く付き合おうとは思えず、他大学の部活動に入り、部活がない日はずっとアルバイトをしていました。

嘘をついてしまう相手は主に彼氏だったと思います。やっぱり会話を盛り上げたくて。ただそれだけの理由でした。本人も気づいていたと思います。

学生マンションの会社でのアルバイト

学生マンションの内見を担当するスタッフのアルバイトをしていました。教員より向いているのではないかというぐらい、色んな意味で「ハマった」アルバイトでした。

社員さんから信頼されている実感、お客様が納得して契約をしてくれる瞬間が心地よくて、誰のために頑張れる仕事じゃないと自分は仕事を全うできないなと気づかせてくれました。今でも当時の社員さんと繋がりがあります。

部活動

後に結婚することになる彼氏が所属していた、他大学の野球部のマネージャーになりました。野球を勉強したかったこと、恋愛依存だったこと、など、自分を満たしてくれるいい環境でした。

4年間色々なことがありましたが、楽しく終えられた実感があります。特に同期は仲が良かった。オーストリアに卒業旅行に行きました。

大学院時代

大学院は高校時代に志望していた国公立大学の大学院に進学しました。教員免許を上進するための単位を取得したことと、指導教官からのアカハラ?パワハラ?モラハラ?にあったことで1年で中退したのですが、この1年間でさらに親友と呼べる人が増えました。

指導教官からのハラスメント

私の能力が足りなかったからなのか、生意気だったからなのか、原因は未だ定かではありませんが、指導教官からハラスメントを受けました。日頃から暴言や嫌味を言われ、指導放棄されていました。そのため、私は隣の研究室(研究分野がほぼ同じ)の学生や教官と交流を深めて、さまざまな難を凌いでいました。この時の学生と教官はずっと付き合いがあり、親友と信頼できる先生だと思っています。

元々は退学するつもりはなかったのですが、私に退学を決意させた出来事がありました。

ある日1つの研究室に集まって、教員5人(指導教官、隣の研究室の教官、研究科長含む)と私1人で飲み会をしていた時のことです。そこで私の指導教官が、私のことを罵ったのです。「津田塾卒なのに英語の論文をいちいち日本語に訳して考えている、時間の無駄にしか思えない」、「毎日研究室にいるのに一向に成果を持ってこない」のようなことから始まり、それよりももっとキツいことを言われたと思いますが記憶から抹消されています。

その翌日、指導教官以外の先生達に「これは明らかにハラスメントだから、然るべきところに相談したほうがいい」と説得をされました。面倒だったのでハラスメントの相談はしなかったのですが、そもそも私が大学院に行きたかったのは教員免許を上進するためだけだったので、退学することにしました。当時たくさんの先生や学生が協力してくれたのもあって、大学院が一番「信頼できる人」に出会ったかもしれません。

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正確に原因を把握し、それを認める

私の虚言癖の原因は小学生時代に作られた

原因は明らかに、「親に褒められたかった」「妹も見ていいけど、私のことも見て欲しかった」ことでした。そこから「すごいと思われる人間になれば」親に褒められる、私のことを見てもらえる、と思うようになりました。その為に小さな嘘をつき始めて、気がつけば周りに嫌われてしまい、今度は「一緒にいてくれる友達好かれるために」嘘をつきました。

振り返るまで親に褒められたかった自分、親に見て欲しかった自分がいることに気がつきませんでした。この自分を認めることができたのが、虚言癖改善のはじめの一歩だったと思います。

私の恋愛依存は虚言癖の2次的症状だ

誰かに好かれているという安心を得たい

これが私の恋愛依存の原因であることにも同時に気がつきました。これは虚言癖によって嫌われ続けた結果、その気持ちが膨らんでしまったものであると思います。

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原因を認めたら、客観的に考えてみる

客観的に自問自答することで、徐々に嘘に対する考え方や感じ方が変わってきます。それに伴って虚言癖が改善するのです。

私は以下のことを自問自答し、やっと自分自身で嘘は意味がないことに納得しました。その納得ができた後、急激に嘘をつかないように意識するようになったと自覚しています。

嘘によって求めていた賞賛は得られたのか?

小学生のうちは、それで賞賛が得られることもありましたが、大抵は嘘がバレました。その瞬間は賞賛を得られても、代償が大きかったと思います。

また、親には怒られるだけでした。友人には嫌われるだけでした。

嘘によって会話は盛り上がったのか?

嘘でも本当でもどっちでもいいような内容の会話の時は盛り上がったかもしれませんが、私のことをよく知っている人に嘘をつくと、大抵バレていたように感じます。(直接言われることはなかったですが、嘘だと感じ取られたな、と思うことが多々ありました)

その一瞬は盛り上がっても、これも代償が大きかったと思います。

嘘をつくことによって自分が苦しくなる

嘘を1度つくと、嘘を正当化するためにさらに嘘をつかなければいけなくなります

これ意外と大変なんです。でもバレバレなんだと思います。本当に意味がない苦しみです。

その一瞬の嘘は本当に必要なのか?

答えはNOです。

でも、こうやって客観的に考えるまでは、私は本気で必要だと思って嘘をついていました。結果的に得られるものは何もなく、ネガティブな結果しか返ってきません。

生徒を見ていても思いますが、嘘つきは老若男女問わず嫌われます。他人が嘘によって信用を失っている様子を見る機会が増え、より一層まずいなと思いました。

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虚言癖は改善しても治らないのか?

長期間かけて改善し、治るものだと思います。

私は口を開けば嘘をつくレベルの虚言癖だったと自負していますが、今は稀に会話を盛り上げるために無意識に嘘をついてしまうことがある、というレベルに改善しています。

それでもまだ嘘はついてしまうので、治ったとは言えません。

虚言癖を持たない人でも、嘘はついてしまうことがありますよね。嘘も方便という言葉があるくらいですから。

だからどの状態になったら治ったと言えるのかもわかりませんが、虚言癖は確実に改善します。

大事なのは原因を探り、その当時の自分の気持ちを見つめ、とことん自問自答して自分と向き合うことです。

世の中、どれくらい虚言癖に悩んでいる人がいるのでしょうか。少ないんだろうなぁと思っていますが、私は本当に悩んでいました。共感してもらえる人がいたら、是非コメントください。

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